デザイナーズギター。楽器×プレイスタイル×音楽性×シーンの形成

デザイナーズギター。楽器×プレイスタイル×音楽性×シーンの形成

渋谷店ニシキドです。

今回は僕なりの角度で次世代型ギターMUSIC MAN KAIZEN Tosin Abasiコラボレーションモデルを見ていきたいと思います。少し長くなりますが、KAIZENやTosin Abasiを知らなかったり今まであまり興味がなかったという方でもわかりやすく、そして何かしらを得られるブログにしたいと思います。是非最後まで読んで頂ければと思います。

まずこのギターを語る上で欠かせないのはTosin Abasi(トシン・アバシ)というギタリストの存在。謎のベールに包まれてる感ありますよね。正直、僕自身もそこまで詳しくないので彼の経歴などを調べながら書いていきたいと思います。皆様も「なんとなく見たことあるけど/名前は知ってるけど/ヘビィでテクニカルな人でしょ?」というイメージだと思います。どんなプレイヤーなのでしょうか。

ワシントンDC 1983年生まれの今年で40歳。はじめからソロギタリストとして世に出てきたのかと思いきや、実はAnimals as Leadersというバンド出身です。8弦ギター×2+ドラムという編成で現在でも精力的に活動しております。(今年も来日公演がありました。)2009年にミーシャ・マンソー(Periphery)をプロデューサーに迎えアルバムを制作。Periphery、Polyphiaなどを中心としたプログレッシブメタル〜ジェント・ミュージックのムーブメントの中で孤高の存在でありながら、中心メンバーであるトシン・アバシは頭角を現していきます。2015年にはジョー・サトリアーニのG4ツアーに、2016年にはスティーブ・ヴァイがホストを務めるGeneration Axeに帯同。ここで一気にギタリストとして一般的な認知度がグッと上がり皆様の耳にもその名前が知れ渡ったと思います。(僕もここで知りました)7弦のパイオニアであるヴァイ、8弦と共にシーンに現れたアバシ。そんなこともあって錚々たるレジェンドギタリストの中への大抜擢ではないでしょうか。

ここでAnimals As Leaders初期の楽曲と最新の楽曲を聴き比べてみたいと思います。

Animals As Leaders “CAFO” / 2010

この2つの動画を見比べると初期〜現在にわたって彼の求めるものや音楽性がどう変化していったかのかがよくわかります。始動当初の音源はストレートにテクニカルなプログレッシブ・メタル。凄いのはジョン・マイヤングのチョップマンスティックのようなフレーズを演りながらジョン・ペトルーシ役も演るような圧巻のプレイ。こちらは”まだわかりやすく”ギターミュージック然としてますが、最近の作品はエレクトロなフィーリングかつ”ある意味ギターらしくない”エフェクティブなサウンドを効果的に散りばめています。楽曲の世界観含めいい意味で無機質な方向に▼

Animals As Leaders “Red Miso” / 2023

ロックギター好きが思う”従来のギターインスト”とは異なる”質感” “世界観”だと思います。無機質でエフェクティブなサウンドや展開の中で有機的なリードトーンを響き渡らせるバランス感覚。かなり強力な意図やこだわりを感じます。こういった楽曲やサウンドを表現するために彼がどんなスキル/テクニックを習得し、どんな機材を選んできたのか見てみましょう。(今回はギターに絞ってご紹介します。)

まずプレイスタイルですが彼の一番の特徴は右手のテクニック。親指でのスラップや他の指も使用したプルなど自由自在に右手を使います。これにより一筋縄ではいかない難解で複雑なフレーズをパーカッシブに弾いています。独特なフレーズセンスや諸々のスキルやテクニックなども光りますが、やはりフレージングやサウンドに最も大きく影響を及ぼしているのはこの”右手”でしょう。またクラシックやジャズなどアカデミックなルーツもあるみたいなのでそういった引き出しもあるみたいです。

ヴィクター・ウッテンの奏法解説映像を思い出すような右手捌きです。多弦ギターの低域をよりアグレッシブに活用するために、ベーシストのテクニックを意識的に取り込んでいると思います。Animal As Leadersが8弦ギターの音域を活かしたベースレス編成ということもありますね。上の動画は2015年のもの。そしてこのスタイルがさらに洗練され2020年にはこうなってます▼(先程のRed MisoのMVは演奏シーンがなかったのでこの動画で彼の演奏スタイルを確認してください。)

圧倒的です。そしてわかりましたか!?冒頭のグリッチエフェクトに聞こえる「ズクズクズク…」の部分 “指”で弾いてるのです…恐ろしい。このアバシのサムピング(THUMPING)スタイルはシーンの他のプレイヤーたちにも大きな影響を及ぼしてます。

次に彼の使ってきた楽器を見て見ましょう。
キャリア当初ではIbanez RG2228(上2枚)を使用。そして2013年にはシグネチャーモデルTAM100(左下)が発表されました。

その後、現在のAbasiの仕様ギターのイメージに近いプロトタイプ(右下)が製作されしばらく使用しておりましたが製品化までは進まず、 2017年に自身のブランドAbasi Guitars(現Abasi Consepts)を立ち上げオリジナルモデルを展開します。

こういった遍歴をみていく中で気づいたのは独自のボディシェイプやマルチスケール/ファンドフレットもそうですが、ピックアップに対する”ただならぬこだわり”です。Ibanezの初期に使っていたモデルRG2228では途中でオリジナルのEMG808→FISHMANのアバシモデルFluenceに変わり、TAM100ではDiMarzioのアバシモデル Ionizer8をマウント。プロトモデルではFISHMAN〜に戻ります。過去に自身のチャンネルでこんな動画も公開しています▼

これをみると彼がギター及びピックアップに対してどのようなサウンドを求めているかがわかります。「クリアでソリッド、低域は豊かであるがタイト。アグレッシブでありつつ繊細でパーカッシブなサウンド。」そしてこの動画からは結構様々なメーカーのモデルを所有していたことがわかります。日々模索/研究していたのでしょう。

そして2022年。ミュージックマンとのコラボレーションモデル KAIZENを発表します。ギターメーカーの人間である僕らから見ても新規でオリジナルシェイプ、マルチスケール/ファンドフレットのプロダクトを大々的に展開するのは様々な面で難易度が高く、実現が難しかったのではないかと思います。それをしっかりと実現したことにミュージックマンの期待値の高さと熱量を感じ取ることができます。

MUSIC MANは名だたるアーティストと共に時代のニーズやアーティストの個性を取り入れながら柔軟な発想で進化してきました。多くのアーティストモデルは”メーカーの基本モデルをベースにカスタム仕様”が一般的ですが、ミュージックマンは斬新なアーティストのコンセプトや思想を色濃く反映し落と込んだモデルをユーザーライクな完成度で製品化しており、流石といったところです。

KAIZENのスペックなどに関しては商品ページ(7弦モデル/6弦モデル)にてご確認頂ければと思いますが、斬新なオリジナルデザインシェイプ、マルチスケール/ファンドフレット、インフィニティラディアス指板などMUSIC MAN史上 今までにない仕様/構造となっております。インフィニティラディアスはとても斬新な指板Rの考え方で、図にすると下記ののような構造になっているのですが、視認性だけでなく低音弦側と高音弦側の指板の厚みが変わることでサウンドのバランスを取る役割も担っているような気がします。

そして先ほどピックアップに対するこだわりに関して触れましたが、KAIZENモデルに搭載されているMUSIC MANの新開発 HTピックアップもポイントとなります。

HTピックアップは2022年 Music Man HTシリーズ(代表的なモデル各種にHTピックアップを搭載)と共に発表されました。以前当店に入荷したBFR SABRE HTや先日入荷したLUKE4 SSSにもこのピックアップが搭載されておりましたが、僕らもその完成度には驚かされました。この新開発のピックアップの性能や魅力を余す事なく表現することのできるプレイヤーとしてミュージックマン側からアバシにコラボレーションの提案があったのではないか?と考えてもいいほどアバシの求めるサウンドやスタイルにも適したピックアップに思えます。

興味がある方はErnie Ballが公開しているこちらの動画を見て頂ければと思いますが、ざっくりまとめると弦メーカーとして10数年の歳月をかけ研究し、生まれたErnie Ball M-STEELシリーズとCOBALTシリーズ。ここで培った理論や技術を応用し生まれたのがHTピックアップだと説明しています。

動画内や本国製品ページでも製法に関しては詳しく語られてはおりませんが、M-STEEL/COBALTシリーズは一般的なニッケルスティールとは違うコバルトを含有する合金を素材することでピックアップとの磁力特性に変化をもたらしサウンド的にアプローチするというものになっていました。これを応用しているのだと考えられます。実際には大型ネオジム・マグネットを採用しているのと、HTの名前の由来になったHeat Treatedの部分に関してはポールピースに独自の熱処理を加えることで素材の中の不純物を取り除き(純度を高め)より出力の向上と広い周波数応答を実現するというものだと思います。

言わずわずもがな弦とピックアップは密接な関係にあり、相互作用でサウンドやフィーリングに影響をもたらします。上記によって高出力でありながらその犠牲となることの多かった部分(ぼやけたり/コンプ感が強すぎたりなど)を改善し、より鮮明/明確でしっかりと情報量があり、弦が実際にどんな動きや状態でいるのかを鮮明に描写できるピックアップを(しかもパッシブで)実現したということになります。

※気になった方は弦の方も是非試してみてください。

また自身のブランドAbasi Conceptsがあるにも関わらずコラボレーションという形(シグネイチャーではなく)で両者が手を取り合ったのは「時代と共に進化してきた(そして時代を作ってきた)ミュージックマンの柔軟で革新的な発想」と「超メジャーブランドでKAIZENモデルを展開することで新しいサウンドを提案/シーンの形成をするというトシン・アバシの挑戦」というマッチングからではないかと思います。

KAIZENは現在6/7弦モデルのみをラインアップ。8弦の音域が必要な楽曲以外は先日の来日公演の中でもほぼKAIZENを使っていたようです。すなわち現在のアバシの求めるサウンドが出るギターこそKAIZENであることは間違いなさそうです。

そろそろ終わります。

Generation Axeの話に戻りますが使用ギターの遍歴や音楽性からもわかる通りルーツにはやはりスティーブ・ヴァイの存在があるそうです。ここで2005年リリーズのアルバム「Real Illusions: Reflections」に収録されている1曲のライブ映像を見てみましょう。

これを観た後にアバシの最近の楽曲を聴いてみると、正統進化というかここから17年経った先のルート上にあるべき音楽に感じます。多弦ギターを持ってシーンに登場したこと含めヴァイの系譜というか“その次を担う可能性を秘めたギタリストこそがトシン・アバシなんじゃないか”と思います。この楽曲のトータルのサウンドや展開、エフェクティブで従来のギターサウンドを超越した新しいトーンは「Animals As Leaders/Red Miso」にも確かに通ずるものがあると思います。故にヴァイもGeneration Axeにアバシを抜擢したのでしょう。彼の将来性や未来に期待したのです。事実ヴァイは「アバシこそ次世代のギタリストだ。」と絶賛しているようです。

スティーブ・ヴァイという”軸”を設けて考えてみると未知で謎のベールに包まれていたトシン・アバシというギタリスト像が僕らでも少し捉えやすくなるのではないでしょうか。いきなりアバシを聴くと衝撃が大き過ぎて謎が多いかもしれませんが、歴史/遍歴を辿って分解していくとジェント/プログレッシブメタルにどっぷり浸かってない僕らでも魅力を感じることができます。

まとめます。

KAIZENはトシン・アバシが辿り着いた「新しいサウンドや音楽性の提案」と「その先のシーンとそれを担うプレイヤーへの挑戦状」に近いものかもしれません。そこまで見据えたデザイン(設計)だと思います。Abasi ConceptsでもMUSIC MANのKAIZENでも自身の携わったモデルを他のプレイヤーたちにも積極的に弾いてもらいシェアしているのは次世代のムーブメントへの布石に見えます。

そしてここまでわかりやすく楽器と共に音楽性やスキルを進化/発展させてきたプレイヤーは、楽器と音楽が好きな僕たちが何かを学ぶにはとてもいい例なのではないかと思います。「楽器→音楽性にもたらす作用」「音楽性→楽器に求めるもの 」という循環を、日々磨き上げている自身のプレイスタイルやスキルと掛けわせながら日々考えてきた結果なのではないでしょうか。

ギターメーカー/楽器店スタッフの僕としてはこのブログをパーッと見てもらうだけでいいので[ 楽器|プレイヤー|音楽性 ] の相互作用というかそういう部分に注目して読んで欲しいな なんて思います。

さて、次にみなさんはどんなギターを手に取り、どんなインスピレーションを得て/どんなプレイスタイルや音楽性に挑戦しますか?

以上長くなりましたが今回はここで終わりたいと思います。

渋谷店ニシキド

〜おまけ〜
①今回のブログを書いていてふと思ったこと。ギタリストはもちろんですが、サムピングテクニックが得意な/好きなベーシストがひとたびKAIZENを持ったら一瞬で凄い武器になるのではないかということ。(弦間ピッチに慣れる必要があるかもですが)

②記事でも取り上げた「Animals As Leaders / Red Miso」の曲名の由来はトシン・アバシが来日した際に食べた「蒙古タンメン中本の北極ラーメン」だそうです。ただ曲名に使っただけなのか北極を食べたときのインスピレーションを楽曲の世界観に反映させているのかは今のところ不明です。

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